永瀬忠志(リヤカーマン)の現在は?経歴や収入はどうしているの?

人気番組「クレイジージャーニー」にリアカーをひいて地球一周分を歩き倒した永瀬忠志さんが出演されます。

なんとリアカーをひいて歩き始めて41年!

まさにクレイジージャーニーにふさわしい方です。

数々の書籍も出されて、テレビでも度々取り上げられていますね。

しかし今現在でもリアカーをひいて歩いているのでしょうか。

さらに、リアカーをひいて歩いている時の収入はどうしているのかなど気になりますよね。

そこで今回は、永瀬忠志の今現在や経歴、収入についても調べてみました!

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リアカーマン永瀬忠志のwiki風プロフィール情報!

まずは永瀬忠志さんのプロフィールをご紹介します。

名前:永瀬忠志

年齢:60歳

生年月日:1956年2月15日

出身:島根県出雲市

これだけの偉業を成し遂げた方ですが、あまり情報がなくwikipediaはまだ作成されていないようです。

リアカーマン永瀬忠志の経歴について

永瀬さんがリアカーを引いて歩き始めたのは大学生であった19歳の時。

幼少期から思い描いていた冒険をしようと歩き始めたのがきっかけです。

最初は徒歩で日本横断を思い立ち、手では持ちきれない荷物を乗せるために中古のリアカーを購入し、を引き始めたのが

現在のスタイルに。

リアカーにはテントやガスコンロ、水や食料などを積み込み、重さは約150キロ!

砂漠地帯など過酷な地域に挑むときは水や食料などをいつもより大量に持ち込むため200キロにもなる時もあるそうです。

歩くだけでもすごいのに、重いリアカーを引いて歩くだなんて体力意外に強靭な精神力が問われますね。

日本横断を成功させた永瀬さんは22歳の時に世界へと挑戦します。

ちなみに世界を目指したきっかけは、永瀬さんが大学生の頃にバスの車掌のアルバイトをされいました。

そのアルバイトで中学生のスキー旅行に同行した際、中学生の女子と旅について話したことがあったそうです。

その時に女子中学生に「今後またどこか歩くの?」と言われ、「今度は世界だ」と言い放ったそうです。

この一言が自分の中でも忘れられず約束を果たしたいと思い、この時から世界を歩くという目標を掲げ世界に挑んでいったとのこと。

そして、その約束を果たすため1978年より文字通り世界を歩き始めます。

永瀬さんがこれまで歩いてきた道のりはこちら

1978年ー79年:オーストラリア大陸横断(4200キロ)

1982年ー83年:アフリカ大陸横断(6700キロ)

1987年:韓国横断(466キロ)

1988年:スリランカ横断(360キロ)

1988年ー89年:台湾横断(536キロ)

1989年ー90年:アフリカ大陸・サハラ砂漠横断(1万1100キロ)

1992年:ジャワ島横断(途中断念)(253キロ)

1995年:マレー半島横断(408キロ)

1996年:南インド横断(562キロ)

1997年:パラワン島横断(414キロ)

1998年:モンゴル横断(864キロ)

1999年:タイ北部横断(596キロ)

2000年:タクラマカン砂漠横断(590キロ)

2001年:紀伊半島横断(155キロ)

2001年:カラハリ砂漠横断(591キロ)

2003年ー2004年:南アメリカ横断(8800キロ)

2004年:沖縄一周(312キロ)

2005年:日本横断(3000キロ)

2006年:アマゾン横断(900キロ)

2007年:アタカマ砂漠・アンデス山脈横断(975キロ)

2015年:アメリカ・ディスバレー横断(180キロ)

すっっ凄すぎます…。

歩いた距離は地球上4万キロにもなります。

もう数字が大きすぎてよくわからないですね。ほぼ毎年歩いていることになります。

そんな偉業が認められ、2005年には植村直己冒険賞を受賞されています。

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永瀬忠志の今現在は?

さてリアカーを引いて、世界を歩き倒してきた永瀬さんですが今年でもう60歳、そう還暦なんです。

今現在はどうされているのか気になりますよね。

先ほども経歴の欄にも記載しましたが、2015年7月19日より過酷な気候で知られるアメリカ・ディスバレー(死の谷)を約8日間かけ横断されています。

凄すぎます…。

このことからも、現在も現役でリアカーを引いて世界を歩いているようです。

また2016年5月19日のクレイジージャーニーにも出演されるようなので、次の挑戦先などもわかるかもしれませんね。

 永瀬忠志さんの収入源は?

さて、気になったのがリアカーを引いて歩いてきた人生ですが、収入はどうされているのでしょうか。

海外横断ともなれば海は歩いて越えられないので、飛行機代なんかもかかりますし、歩いている間の食費などもかかりますよね。

最初の頃はアルバイトでまとまった資金を作り旅をされていたようです。

その後は段々とリアカーでの経験を本にまとめて多数出版されていますし、講演などもされているようなので、印税や講演費などが収入源となっているのかもしれません。

 

さらに、永瀬さん実は高校で機械工作を教える教師もされていたことがあるようです。

リアカーが壊れたら自分で直せますね。

そのためたまに講師の仕事なんかもされていたのかもしれません。

ちなみに現在も大阪の立成城高校で講師を務めているそうです。

さらには教え子と一緒にリアカーを引いて大阪立成城高校から伊勢神宮まで5日間かけ155キロの道のりを歩いたそうです。

いつまでもお元気でリアカーの旅を続けてほしいですね。

おわりに

今回はリアカーマンこと永瀬忠志さんについてご紹介しました。

まさに文字通り世界を渡り歩いた方ですね。

今後も引き続きリアカーでの挑戦は続けていくかと思われます。

今後の活躍からも目が話せないですね。


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